はする #とは #リトルトゥース
2022.08.16(水)
「いやいや私そんなはすってないですよ」
私の言葉に首を傾げた先輩。
どうやら「はする」という言葉に聞き馴染みがないらしい。
確かにオードリーのラジオ以外で聞いたことがないかもしれない、と思って Google先生に質問してみた。
「はする とは」
全く出てこない。
「はする オードリー」
今度はクソみたいなまとめ記事が何件かヒットした。
クリックさせるためだけのまとめ記事は全て淘汰されてしまえば良いと思っていたのだが、現に私はこのクソ記事に正解を教わった。
何事も全否定してはいけない。
ラジオで聞いていた私は勝手に「斜る」と変換していた。
要するに、「斜に構える」「イキる」という使われ方である。
これに関しては若林も使っているため、いわゆる春日語ではないのだろう。
というか造語を浸透させて表記も分からない状態から意味まで伝える若林って、やっぱりすごいんだな。
春日発案という可能性もあるのだが、春日にこんなセンスはない。
というか春日はそもそもあまりはすっていない。
根っからのはすり人間はどう考えても若林だろう。
若林を見ていると、はするって意外と悪くないのかもしれないと感じる。
「三年間かかとを潰し続けた上履き」
「腰まで下げたサルエルパンツ」
「サッカー部の勲章長い前髪」
過去のはすりを振り返ると、なんだかんだかわいいものだと感じるだろう。
我ながら私のはすりは尖っていて、
「かっこいいという理由だけで蹴り続けた左足PK」
というものがある。
もちろん私は右利きだ。
案の定PK戦では一回も蹴らせてもらえなくなった。
でも子供のはすりって、その人の根っこを表しているのだと思う。
人間そんな簡単に変わらない。
流石にかかとは踏まないがステッチの入った可愛い革靴を履いてるし、
白シャツが基本の会社で青シャツしか着ない。
前髪も不動産営業マンとは思えない程度には長い。
今PKキッカーのチャンスがあったら間違いなく左で蹴るだろう。
自分のはすりを否定する人よりも、誇れる人の方が好きだ。
童貞を隠していた時期なんて誰にでもある。
社会人に染まっても良いけど、はすることは忘れないでくれ。
オードリー若林みたいに、ハライチ岩井みたいに、なろう。
有意義な時間ばかりではなく、こんなエッセイを綴る「無駄な時間」も必要なのかもしれないな。
効率や数字、価値ばかりを求められるこんな社会だからこそ。
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